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79-9 shimoichige,kasama,
Ibaraki,Japan
0296-73-5521
やきものがたり
プチコラムコーナー
笠間の家
様々なやきものまつわるエッセーや物語など
星ヶ岡茶寮
その茶寮は、まさに丘の上に建っている。名前の通り、⼩窓の空いたカウンター席から星が綺麗に⾒える喫茶店で、特に冬になるといくつも星の降るのが⾒えた。今⽇もUはいつものカウンター席に座り、⾒るともなしに窓の外を眺めていた。
「今⽇はやけにたくさん降るな」
後ろから同じ窓を覗き込んだらしい店主がそう呟く。
「そうですね。誰も怪我なんかしなきゃ良いんですが」Uが振り向くとしかし店主の⾒ているのはUの⼿元にある織部の薄いデミタスカップだった。
「冷める前に、さっさと飲みたまえ、エスプレッソは味が落ちるのが早い」
苦々しい顔でそう⾔った店主は、ややどっしりとした体型で、⽩髪で、メガネをかけており、
⼀⾒気難しげに⾒えるが、果たしてその通りの⼈物で、彼に叱責されたスタッフは全員やめてしまったし、
こうして⼀々お客にも指図してくるので店はいつも閑古⿃。それでもUは、まさにその点においてここが気に⼊っていた。
ここからの眺めをほぼ独り占めできるし、なにより彼の提供するお茶や料理はたいそう美味しく、器も素晴らしいものばかり。彼が気難しいのは美味しいものを⼀番美味しい状態で提供したいから、また、味わって欲しいからなのだと分かっていたのだ。
「今⽇も、美味しいエスプレッソをごちそうさまです」
「本当はエスプレッソは砂糖を⼊れて完成するもんなんだがな」
こちらは精⼀杯楽しくしようとしているのに、むすっとしながらカップのソーサーに残ったままの⾓砂糖を⾒た店主は⾆打ち⼨前といった表情である。こんなふうだからいつもひとりぼっちなのだ、この⽼⼈は、とちょっと呆れたくもなる。
「しかしあれだけ星が落ちてきたならなにか有効活⽤できないもんですかねぇ」とUが⾔うと、店主は珍しくにやりと笑って、「きみ、その珈琲碗が何で出来ているのかわからないのかね。そいつはあの、流れ星のかけらからできているんだ」と⾔った。
まさか、そんな、と思いながらもカップをひっくりかえしたりしながらあちこち⾒てみた。どこも変わったもののようには⾒えない。陶器にしてはかなり薄造りではあるが、
ここの器は⼀級品ばかりだから珍しいことではないだろう。でもそれももしかしたら地球には無いような⾼品質な⼟のおかげだとでも?
「きみ、器というのは料理の着物であるのだよ。低級な⾷器に⽢んじているものは、それだけの料理しかなしえない。意識の⾼い⼈間であるためには、
努めて⾝辺を古作の優れた優品で満たすべきである。そう考えた私は、古代の優れた⽂明を持つ星を探した。もう今は滅びてしまっているような、しかし歴史ある星をね」
「宇宙旅⾏に⾏ったというんですか?」
「旅⾏って程のもんでもない。⾃前のロケットを1機、持っているんでね。ほら、そこの、胡桃の⼊っているやつは、そんな星の遺跡から発掘した鉢を⾦継ぎしたものさ」
店主が指差す⽅向を⾒ると、バーカウンターの中央に⿊いボウルが置いてあった。⾦⾊の稲妻がびりびりと⾛ったように修繕されており、その迫⼒は圧倒的だ。
「すごい。まるでその星の記憶をそのまま内包しているみたいな迫⼒だ」
店主は満⾜そうに頷く。だんだんと、店主が⼈間離れしているように⾒えてきた。というか、地球⼈離れしている、とでも⾔おうか。良く⾒れば⽿が若⼲尖っている。いぶかしむUに気づかず店主は話し続ける。
「だがね、残念ながらそういう星はそんなには無いんだよ。あったとしても、器を発掘することは輪をかけて難しい。だからね、私は地球よりも古い歴史を持つ他の星の⼟を使って器を作っているんだよ」
「まさか。そんな話は聞いたことがない。⼤体⼀体どこに出かけて採ってくるって⾔うんです」
「無論、わたしの故郷だよ。しかし最近は腰が弱くなってきてね。こうしてたくさん星が降ってくるのは幸いだ。朝の散歩のついでにちょいと拾ってこられる」
「・・・あなた、⾃分は宇宙⼈だって⾔うんですか?⼀体何者なんです?まさか⽕星⼈?」
「いいや。魯⼭⼈さ」
店主はまた、にやりと笑った。
「きれいなうみ」
ラウルは燃えるような緑の髪を持っていて(緑なのに燃えるような、っていうのもなんだか不思議な話だけれど)、
その⻑い髪を⾸に巻き付けるようにして薪ストーブのそばに座り込み、暖を取っていた。書庫にあった煮込み料理のレシピ本を眺めているのだ。
⼀⽅、ルクスはきらきらひかる⻘⾊の短い髪をつんつんと跳ねらせ、また⾃らもぴょんぴょんとその周りを踊っていた。
「ねぇ、ルクスはそんなにぴゅんぴゅん⾵を切っちゃって、寒くないの?」
「寒くなんてないよ。踊っていると熱いくらいだ。僕たちって双⼦なのになんでこうなにもかもまったく真逆なんだろうね」
「なにもかも、ってことはないでしょう。だって私たちは双⼦なんだから」
「きみは双⼦ってものを信じすぎてるよ」
ラウルとルクスはおんなのことおとこのこの双⼦。その上に、ロゼという姉がおり、次にバウム、バーチという兄がふたり。
みんな、とても、仲が良い。でもこの双⼦はその中でもとびきりだ。やっぱり双⼦というのは固い絆で結ばれているものなんだろうか?
「ロゼは?」
「バウムと⼀緒にお茶とおやつを買いに市場へ⾏ったわ」
「バーチは?」
「寝てる。ハンモックのなか」
そうか、じゃあジッシツテキに今この家で活動的なのは僕たちだけだね、とルクスが勿体ぶった様⼦で
呟いた。最近のルクスはこんなふうにまるで研究者みたいな仕草をする。わざわざ難しい⾔葉を使ったりして。「なるほど、これは実験のチャンスだ」
「実験?」ラウルが本から顔を上げると、ルクスは得意そうに微笑んだ。
ルクスの⾔う『実験』がどんなものなのかはすぐに判明した。それがいったいただの調理でなく何の証明のためのものなのかはわからなかったけれど、
「とにかく⼤きな鍋を⽤意してよ」とルクスは⾔った。その鍋にたっぷりの湯を沸かし、卵を茹でる。にわとりの、うずらの、だちょうの。にわとりのが5つ、うずらのが9つ、だちょうのが1つだ。
「⼀度に全部は無理だからまずはにわとりの卵からだ。ああ、ここに、ドードーのたまごがあればもっと完璧なんだけれど」
難しい顔をして、でも確実にラウルに聞こえるようにしててルクスがひとりごちた。
「ドードー?」
「⼤きな、⾶べない⿃だよ。残念ながら絶滅してしまったんだ。それに、リョコウバトのもあればもっとよかったんだけどね、こちらも絶滅してしまった。⼈間のせいだ」
「かわいそうに。それじゃあ、⼈間の卵も⼊れるってのはどう?」
「⼈間はほ乳類なんだから、⽣まれてくる時にはもう卵じゃないんだよ、ラウルったらなんにも知らないんだ」
そのくらい、ラウルだって知っている。でも、⼈間を丸い容れ物に⼊れて蓋を閉じて、茹でてしまえばいいと思ったのだ。
ここいらへんでお気付きのこととは思うけれど、ラウルとルクス、それからロゼ、バウムにバーチの5⼈きょうだいは⼈間ではない。
だからと⾔ってこの5⼈が何なのかは説明が難しい。
妖精?それもなんだか違う。この5⼈はただ、この5⼈なのだ。ラウルはラウル、ルクスはルクス、ロゼもロゼ、バウムはバウムで、バーチもバーチ。そういえばこのおまじないみたいな⾔葉は5⼈の⼦守歌でもあった。
「ラウルはラウル、ルクスはルクス、ロゼもロゼ、バウムはバウムで、バーチもバーチ」
彼らの⺟親は⾵だったが、時折そんなふうに歌を歌うと5⼈はたちまちすやすやと素敵な眠りについたものだ。彼⼥はもういない。今では⼀番上のロゼが⺟親代わり。
「今何分?」鍋から⽬をそらさずにルクスが訊く。
「5分。あと何分茹でるの?」
「そうだなぁ…あと30分は」
ラウルの趣味は料理の本を読むことだ。写真を眺めているだけでも幸せで、ついつい時間を忘れてしまう。本を眺めていると実際のご飯の時間にすら、なかなか腰を上げない。
そんなふうだからもちろん、ゆで卵のゆで時間というものがどういうものか(もっとずっと短いということが)わかっていた。
「ねえ、ルクス。ゆで卵の茹で時間ってもっと短いのじゃなかったかしら。そうね、例えば12分?ううん、いっそ8分でもいいくらい!そのくらいだと⻩⾝がとろりとしてパンに塗りつけたって美味しいものよ」
ラウルが諭すように話しかけるとルクスは⼀瞬ウッとした顔をして、でもすぐに⾃分を取り戻し胸を張った。
「ねえ、ラウル。これはゆで卵を茹でているんじゃない。実験なんだ!だから35分は茹でなくちゃならない」
「⼀体何の実験なの?」
「卵を35分茹でるとどうなるか、っていう実験だよ」
にわとりの卵を茹ではじめて10分後、バーチがハンモックから降りてきて、ロゼとバウムも帰ってきた。
「あら、卵を茹でてくれていたのね。とっても助かるわ」ロゼが微笑むとルクスは体中を喜びでいっぱいにして跳ねた。「僕が茹でようって提案したんだよ!」
ルクスはぴかぴかの、まだ本当の⼦供なのだ。
∼鈴⽊美汐さんの器から着想を得て∼
「このやきものと私」
⼩林哲也さんの器と私初めて⽬にした時、
「形がきれい」なことが印象に残り、
⼤きめの鉢を購⼊しました。
笠間の窯元で20年近く制作されたのちに
独⽴されたそうで、
その形の美しさは⻑年培われたロクロの技術から
⽣みだされたのだと感じました。
⼩林さんは⽇常使いの器を中⼼に制作しており、
器のバリエーションの豊かさにも⽬移りしてしまいます。
「私のお気に⼊り」
この陶器は,
3年前に茨城県・栃⽊県・笠間市・益⼦町・笠間観光協会・益⼦町観光協会の
6団体により「陶の⾥ 笠間・益⼦ブランディング事業」を実施した際,
お世話になった⽅々へ配布した記念品です。
笠間市の久野陶園14代⽬,伊藤慶⼦さんに作成していただきました。
ルーツを同じくする⼆つの陶芸産地の連携を象徴するため,
笠間と益⼦の粘⼟を半分ずつ使⽤し,
笠間焼発祥の地である久野陶園の古い登り窯をモチーフにしています。
現在も,笠間や益⼦のギャラリー等でペーパーウェイトとして使って下さっています。
ジブリ映画に出てくる⽣き物みたいな登り窯オブジェ「かさましこ」。
どこかで⾒かけたら,仲の良い⼆つの陶の⾥を思い出して下さい。
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